マイコプラズマ肺炎といえば、かつてはオリンピック病とも呼ばれ、周期的な流行を繰り返す高熱と激しい咳が特徴の感染症として知られてきました。しかし、近年の臨床現場では、必ずしも教科書通りの症状を示さないケースが増加しており、特に熱が出ない、あるいは微熱程度で経過する無熱性のマイコプラズマ肺炎が注目されています。通常、肺炎といえば三十八度を超える高熱を連想しますが、マイコプラズマという病原体は細菌とウイルスの中間に位置するような特殊な性質を持っており、宿主である人間の免疫反応の出方次第で、症状が大きく左右されます。熱なしで進行するケースでは、本人が「ただの風邪」や「少し喉が荒れているだけ」と思い込み、通常の生活を続けてしまうことが少なくありません。これが、この病気がウォーキングニューモニア、つまり歩く肺炎と呼ばれる所以です。熱が出ない理由としては、感染したマイコプラズマの量がそれほど多くない場合や、個人の免疫力が特定の反応を示さないこと、あるいは過去に感染経験があり免疫が部分的に働いていることなどが考えられます。しかし、熱がないからといって肺の中が正常であるとは限りません。レントゲンを撮ってみると、驚くほど広い範囲に影が出ていることもあり、自覚症状と実際の病状の乖離がこの病気の恐ろしさです。主な症状は、熱よりもむしろ咳に集約されます。最初は乾いたコンコンという咳から始まり、次第に喉の奥から込み上げるような激しい咳へと変化し、夜間や早朝に悪化するのが特徴です。また、全身の倦怠感や頭痛、乾いた喉の痛みなどを伴うこともありますが、これらは風邪の諸症状と酷似しているため、専門医でも問診だけで特定するのは困難です。無熱性のマイコプラズマ肺炎を放置すると、知らないうちに気管支にダメージが蓄積し、喘息のような後遺症を残したり、最悪の場合は呼吸不全に陥ったりするリスクもあります。また、本人が元気で動き回れるために、周囲に菌を撒き散らしてしまい、職場や家庭内での集団感染を引き起こす原因にもなります。診断には、喉の粘膜を採取する迅速検査や血液検査、そして胸部レントゲン検査が不可欠です。熱がないから大丈夫という自己判断を捨て、二週間以上咳が続いている、あるいは咳のせいで眠れないといった異変を感じた際には、速やかに呼吸器内科を受診することが重要です。適切な抗菌薬の投与が行われれば、比較的速やかに回復に向かいますが、近年のマイコプラズマは一部の薬に対して耐性を持っていることもあり、医師の指導のもとで最後まで治療をやり遂げることが、再発や重症化を防ぐ唯一の道となります。