かれこれ一年以上、私は排便時の出血に悩まされていました。トイレットペーパーに付く、鮮血。便器が真っ赤に染まることもありました。痛みはなかったものの、その光景を見るたびに、「何か悪い病気だったらどうしよう」という不安が、心の隅に黒い影のように広がっていました。インターネットで調べれば調べるほど、「大腸がん」の文字が目に飛び込んできます。しかし、それ以上に私の足を病院から遠ざけていたのが、「肛門科に行くのは恥ずかしい」という、単純で、しかし強力な感情でした。そんな私が、ついに受診を決意したのは、ある日、会社の先輩から「俺も痔で手術したけど、すごく楽になったよ。恥ずかしいのは最初だけだって」と、あっけらかんと打ち明けられたことがきっかけでした。自分だけじゃないんだ。その一言に、私は背中を押されたのです。私が選んだのは、自宅から少し離れた、肛門科を専門とするクリニックでした。ウェブサイトには、プライバシーに配慮した診察を心がけている、と書かれていました。予約の日、私は心臓をバクバクさせながら、クリニックのドアを開けました。待合室は、ごく普通の、清潔な内科のクリニックと何ら変わりません。受付で問診票を書き、しばらく待っていると、名前ではなく、番号で呼ばれました。診察室は、カーテンで細かく仕切られており、医師や看護師さんの顔を直接見ることはありませんでした。診察台の上で、看護師さんに言われるがままに、横向きになって膝を抱える姿勢をとります。下着を少しずらし、お尻の部分だけが出るように、大きなタオルをかけてくれました。医師の優しい声が、カーテンの向こうから聞こえます。「じゃあ、診察しますね。力抜いて楽にしてください」。指による診察と、肛門鏡という小さな器具を使った検査は、少し違和感はありましたが、痛みはほとんどなく、本当にあっという間に終わりました。診察後、再び椅子に座って、医師から説明を受けます。「典型的な内痔核ですね。いわゆる、いぼ痔です。出血はここからですね。がんのような悪いものではないので、安心してください」。その言葉を聞いた瞬間、一年以上も私を縛り付けていた、重い鎖が、ガラガラと音を立てて崩れていくようでした。もっと早く来ればよかった。それが、私の偽らざる感想でした。恥ずかしさという壁の向こうには、安心という、かけがえのない光があったのです。