高齢者にとって、肺炎は命に関わる非常に危険な病気です。しかし、その始まりは、必ずしも高熱や激しい咳といった、分かりやすい症状で現れるとは限りません。特に、80代以上の後期高齢者や、寝たきりの方、様々な持病を抱えている方では、典型的な症状が出にくく、微熱や、何となく元気がない、食欲がないといった、非常に曖昧なサインから始まる「非典型的な肺炎」が多いことが知られています。この、見過ごされがちなサインに、いかに早く家族や介護者が気づけるかが、高齢者の命を守る上で極めて重要になります。なぜ、高齢者では肺炎の症状がはっきりと出ないのでしょうか。その理由は、加齢に伴う体の反応性の低下にあります。若い人であれば、細菌やウイルスが肺に侵入すると、免疫システムが活発に働き、高熱を出して病原体と戦います。咳や痰も、異物を体外に排出しようとする重要な防御反応です。しかし、高齢になると、こうした免疫反応や、咳をする力そのものが弱まってしまうため、体内で炎症が起こっていても、高熱が出なかったり、咳がほとんど出なかったりするのです。その代わりに現れるのが、「なんとなく、いつもと違う」という変化です。例えば、「普段よりぼーっとしている」「会話の辻褄が合わない」「食事を途中でやめてしまう、むせるようになった」「すぐに疲れて横になりたがる」「失禁するようになった」といった、一見すると肺炎とは結びつかないような変化が、実は肺炎の初期症状であることがあります。体温も、38度以上の高熱は出ず、37度台の微熱が続く、あるいは平熱と変わらないことさえあります。しかし、呼吸数は速く、浅くなっていることが多いです。このような高齢者の肺炎で特に注意が必要なのが、食べ物や唾液が誤って気管に入ってしまうことで起こる「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」です。食事中にむせることが増えたら、それは危険なサインかもしれません。周りの家族や介護者は、日頃から本人の平熱や、普段の様子をよく把握しておくことが大切です。そして、「いつもと違う」という小さな変化に気づいたら、「歳のせい」と片付けずに、かかりつけ医に相談し、胸の音を聴いてもらったり、必要であればレントゲン検査を受けたりすることが、重症化を防ぐための鍵となります。
高齢者の肺炎は微熱から。見逃し厳禁の危険なサイン