私が、肺炎という病気を完全に侮っていたことを思い知らされたのは、30歳の秋のことでした。始まりは、本当に些細な体調不良でした。なんとなく体がだるく、37.2度ほどの微熱が続いている。そして、コンコンという乾いた咳が、時折出る。食欲も普通にあり、日常生活に大きな支障はなかったため、私は「季節の変わり目の、ちょっとしつこい風邪だろう」と高を括り、市販の風邪薬を飲んで、いつも通り仕事に通っていました。しかし、その状態が1週間、2週間と続いても、症状は一向に改善しませんでした。特に、咳は夜になるとひどくなり、一度咳き込み始めると止まらなくなるため、睡眠不足も重なって、日中の疲労感は増していく一方でした。さすがにおかしいと感じ始めたのは、3週間目に入った頃です。会社の階段を上るだけで、息切れがするようになったのです。同僚からも「顔色が悪いよ」「咳がずっと続いているけど、大丈夫?」と心配されるようになり、私はようやく重い腰を上げて、近所の呼吸器内科を受診することにしました。診察室で症状を説明すると、医師はすぐに聴診器を私の胸に当て、そして「少し、呼吸の音が気になりますね。念のため、胸のレントゲンを撮りましょう」と言いました。レントゲン室で撮影を終え、待合室で待つ間も、私はまだ「どうせ何ともないだろう」と思っていました。しかし、再び診察室に呼ばれ、モニターに映し出された自分の肺の写真を見た瞬間、言葉を失いました。肺の右下の部分が、素人目にもわかるほど、白くぼんやりとした影に覆われていたのです。「これは、マイコプラズマ肺炎ですね。いわゆる非定型肺炎です」医師は淡々と告げました。「肺炎」という言葉の響きと、自分の肺の状態とのギャップに、頭が追いつきませんでした。高熱も出ていない、普通に仕事もしていた自分が、肺炎だったとは。その日から、私は仕事を休み、処方された専用の抗生物質を服用して、自宅での療養生活に入りました。治療を開始すると、あれほどしつこかった咳も、微熱も、数日で嘘のように改善していきました。この経験は、私にとって大きな教訓となりました。微熱や軽い咳でも、それが長く続く場合は、体の奥で静かに進行している病気のサインかもしれない。自己判断の恐ろしさを、身をもって知った出来事でした。
ただの風邪じゃない。私が肺炎で微熱だけだった日の記憶